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「ならば駄目だな。」
「そう言うな。頼む、開けてくれ。」
たまには良いだろう?吉継がそう言うと、漸く三成は立ち上がる。
「今日、だけだからな。」
吉継は、三成の呆れた様な酷く不機嫌な声に、笑いを堪えた。
「分かっている。」
そして、
「佐吉。」
名を呼び、自身の眉間を指でトントンと軽く叩く。
吉継が何を言わんとしているのかが分かったのか、三成は己の眉間に手を遣り複雑な表情をした。
そして、三成はハッとした様に吉継を見遣る。
「まさか…見えるのか?」
其の問いに、吉継は静かに首を横に振ることで答えた。
「そう、か…。」
吉継は病で視力までも失っていた。
「そう残念がるな。目が見えずとも生活に差し支えはない。」
「だが…其れでは満足に戦も出来ぬだろう?」
秀吉に百万の兵の指揮をさせてみたいと言わしめる程、吉継は知略に優れていた。
「戦など、見ずとも耳で聞けば済む。」
「しかし…。」
見ずとも分かる三成の不機嫌な顔。
そんな三成に、吉継は冗談めかして問い掛ける。
「何だ、佐吉は不服か。」
「別に…其の様なことはない。」
吉継が笑うと、不服そうな声でそう返ってきた。
「…こうして障子を開ければ、季節を感じることも出来る。」
見えぬ目で吉継は外を見遣る。
一陣の暖かい春の風が、部屋へと吹き込んだ。
「ただ―、」
吉継は静かに口を開く。
「ただ?」
「ただ惜しむらくは、佐吉の其の、眉間の皺を見ることが出来なくなったことだろうか。」
そう言うと吉継は向き直り、目の前に有るであろう不機嫌な顔に向かって笑い掛けた。
完
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