定年退職のはずが

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「お父さん。 朝ですよ! 今日で退職なんだから、ちょっとは早起きしたら!?」 いつものように、うるさい大声で、朝がはじまる。 妻の佐知子とはお見合い結婚したのだが、とうとう定年退職の日まで離婚することもなく、続いている。 のそのそと布団から起きあがった私は、出勤するためにスーツに着替える。 茶色をした地味なスーツなのだがお気に入りのもので、かれこれ5年は大事に着ている。 『おやっ?』 よく見ると、袖口についているボタンがはずれかかっている。 「おかあっ……。」 佐知子に声をかけようとして、私は声を出す事をやめた。 「なに?お父さん。」 台所の方から声がする。 「いや、なんでもない。」 「朝は忙しいんですからね。自分の事は自分でやってくださいね。」 よく考えれば、どうせ今日までしかこのスーツは着ないのだ。 私ははずれかけたボタンを直す手間よりも、早く家から出る事を選択した。
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