2人が本棚に入れています
本棚に追加
「お父さん。
朝ですよ!
今日で退職なんだから、ちょっとは早起きしたら!?」
いつものように、うるさい大声で、朝がはじまる。
妻の佐知子とはお見合い結婚したのだが、とうとう定年退職の日まで離婚することもなく、続いている。
のそのそと布団から起きあがった私は、出勤するためにスーツに着替える。
茶色をした地味なスーツなのだがお気に入りのもので、かれこれ5年は大事に着ている。
『おやっ?』
よく見ると、袖口についているボタンがはずれかかっている。
「おかあっ……。」
佐知子に声をかけようとして、私は声を出す事をやめた。
「なに?お父さん。」
台所の方から声がする。
「いや、なんでもない。」
「朝は忙しいんですからね。自分の事は自分でやってくださいね。」
よく考えれば、どうせ今日までしかこのスーツは着ないのだ。
私ははずれかけたボタンを直す手間よりも、早く家から出る事を選択した。
最初のコメントを投稿しよう!