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すると打席の稲葉が、軽く頷き、構えなおす。
そして・・・・・・
―― 「ストラック ! バッター、アウッ ! チェンジ !! 」
三番・ 稲葉もまた、一回もバットを振ることなく、見逃しの三振に倒れたのである。
―― いや。
自ら三振した、というべきか。
その証拠に。
三振したと言うのに、打席からダグアウトへ戻る稲葉の顔に、落胆の表情はまるで見られない。
そしてなにより、ダグアウト前で稲葉を出迎える、木下の言葉 ――
「それでええんや稲葉 ! 料理も野球も “ 下ごしらえ ” や ! 最初はじっくり弱火で火ィ通して、仕上げに一気に火力を ―― おっといかん、向こうにも聞かれとるさかい、 これ以上は企業秘密や」
一人でなにべらべらしゃべってるんだ木下 ?
てゆうか ――
「 ―― 下ごしらえ !? 」
俺は思わず呟く。
それを聞いた新浦は、
「京極ガスはそもそも、終盤に逆転することの多いチームだ・・・・・・いまの木下の言葉 ―― 下ごしらえ ―― なにか関係あるのかもな」
と言って、スコアカードのようなものに目を落とす。
すると、ダグアウトに戻ってきた福嶋が、こう豪快に笑い飛ばす。
「向こうがどんな小細工を仕掛けてこようが、俺らはただ “ 打ち勝つ ” のみよ ! 」
「そうだな」
と俺は返してやる。
しかし――
――下ごしらえや! ・・・・・・仕上げに一気に・・・・・・――
脳内で木下の声が繰り返され、一抹の不安がよぎる。
俺は黙って、まだダグアウトにいるカナを一瞥する。
心の中で、こう呼びかけながら。
――頼むぞ、カナ――
当のカナは、ただただキョトンとするばかりだったが、気にせず俺はグラウンドに視線を戻した。
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