主のいない箱

6/17
1241人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
明日は火曜日だ。 明日の為に今日はバイトを夜だけにして、汀の部屋を掃除する。 窓を開けて綺麗な空気を入れて布団を干してふかふかにして、あんまりない家具を拭いて掃除機をかける。 あ、水槽の水も入れ替えよう。 主のいない水槽だけど、酸素の音と緑の藻は生えてくる。 そこまですると、今日はもう午後になっていた。 病気で最初に無くなり始めた味覚を駆使してご飯を食べる。 人によっては真っ先に運動機能が落ちちゃう人もいるらしいから、俺はまだラッキーだよね。 もしゃもしゃと何を食べているかわからない食事を終えて、今日は検診。 いつも通り本屋さんの前を通って、一時間の距離を二時間半かけてやっと辿り着いた。 「先生こんにちはー!」 「こんにちは。柏くん、元気そうで何より」 診察室ではぃつもと同じように先生のにこやかな笑顔と、主のいない水槽のポンプ音が迎えてくれた。 「柏くん、それで…体はどうだい?」 「…」 言いにくそうに問う先生。ごめん。 体内の動きは低下の一歩。 消化促進剤を飲むのにも一苦労するくらい、機能は落ちて、血液は回らなくて。 それでも俺は、生きなくちゃ。 「よくはない。だけど、生きなくちゃ。戻らなくちゃ」 だから先生には笑うよ。 できる限り生にしがみついてやるって笑えるよ。 もう少し、もう少しあの箱を守らせて? 「本当は、入院がいるんだからね」 先生は俺の気持ちを知ってるから、無理に入院はさせない。 先生の優しさをひしひしと胸に感じて。 やっぱり俺は笑うんだ。 「でも、どうしようもないから」 それならせめて 二人だけの箱を守りたいよ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!