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その囁きは段々と大きく、林全体に響いて聞こえた。
「謡ってる…。」
私が呟く。
「え?!」
全員が耳を澄ませた。
「ホントだ!!ホントに謡ってる!!」
林の中一帯に他国の言葉で斉唱する声がこだまする。
辺りは暗く静まり返り、その歌だけが聞こえている。
私達は段々怖くなり
「帰ろう!」
と誰からともなく言い出した。
運転手が、それぞれ自分の車のエンジンをかけに走った。
ところが一台の車のエンジンがかからない!!
何度キーを回しても一行にウンともスンともいわないのだ。
辺りの歌声は益々大きくこだまする。
焦る運転手…凍り付く同乗者…。
私は車に掛けより、ボンネットを軽くトンッ!と叩いた。何となくそうすればこの危機を乗り越えられる…そう思ったのだ。
案の定、途端にエンジンが掛かり皆が一様にホッと安堵の表情を浮かべた。
そうして二台連なってUターンし、帰路についた。
「あの歌…何だったんだろう…。」助手席の同級生が呟く…。「……。」私も運転手の彼も沈黙した…。
その当時の私には、それが何の意味を持つのか全く解らなかった。
だからこの時の彼女の質問には答えられなかった…。
暫く走っているとふと運転席の彼が
「あのさ…やめてくれる?シート蹴るの…。」
と言った…。「は?私何もしてないよ。」
後部座席には私しか乗っていない。だが私はシートを蹴ってなどいない…。
「さっきからずっと蹴ってるじゃん!」
語尾が厳しくなる…。
「違うよ!あたし何もしてないよ!」
「ほら!また!」
「違うよ…〇〇君…△△じゃない…。」
助手席の彼女が私の足元を見ていった。
彼女の顔は青ざめている。
私も自分の足元を見て青ざめた。
運転席のシートと床のわずかな隙間に顔が見えたのだ…。
その顔は、私の視線に気付くと、ギロッと私を見上げた。目が合ってしまった!!
本当は大声で叫びたかったが、今ここで私が大声を出したら、運転手がパニックを起こして確実にあの世行だ…。
「早く離れよう。もっと遠くまで行ったらきっとついて来ないから。」
私は彼がパニックにならないよう普通に極普通に話しかけた。
話し掛けながら心の中で〈ごめんなさい。騒がせてごめんなさい…もう家に帰るから許して…!〉と何度も念じた…。
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