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ここではないどこか
わたしがこんなにも風ばかり切っているのは別にあなたに会いたいからではない。そもそも何かのために何かをしているつもりは毛頭ないはずだったけれど、やはりそれは野暮というか、そこに言い訳以上の理由はないとどこかでよくわかっていた。
走る、走る走る走る走る走る。
見たことのある風景しか続かない。内側から吐き出しそうな感情はそろそろ汗になって体の表面からにじむ頃だ。ひたいから、首筋から、にぎる手のひら、せなか、ふともも。
わたしがこんなにも風ばかり切っているのは別にあなたに会いたいからではない。ただ、走ることは歩くことよりも、偶然に物を落としやすいと思ったからだ。風の勢いですべて乾いてしまえばいい。確率的な話である、可能性は高くないと思い始めたのはもう半分を過ぎた頃だった。
胃の中に溢れる何か、というよりは皮膚の内側を埋め尽くすすべてを、体に纏わり付く何かというよりは、皮膚ごと総てを何処かに偶然落として忘れたかった。
もちろん、走る、というのは比喩である。例えば何かにぶつかり、行き止まる瞬間、私の行くてを遮った正体であるそれは、にっこりわらって、その総てを包み込んでしまうのだった。嗚呼、溢れてしまった。水の張ったコップのふちのようにゆるゆると流れたそれらを「落とし物」とあなたは揶揄した。
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