もとめなかったもの

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もとめなかったもの

香り高いコーヒーは あなたと一緒の夜の風景の 大事な小道具。のぼる湯気の影で 今朝の新聞に重い欠伸をして 眉間に皺をよせる彼の 頭の中に明日 どれくらいの情報が残っているのでしょうか。ひゅうひゅうと 外は風が激しい様子で ベージュのカーテンの 窓が たまに がたり と揺れます。 わたしは ミルクココアを 口に含み 何度目かの欠伸をして 欠伸はやはり 移るものなのだと 彼にいいました。そのうちに 彼が かさかさと 新聞を畳む音でさえ まるで子守歌で 意識は夢の中だけ さ迷います。 酷い風だね 風の音を 「ひゅうひゅう」 と表現したのは 歴史上 つい最近のことであるのだと 彼は 教えてくれました。 空を走る 電線が そのようになくのだと、 得意げに言う彼を わたしは馬鹿みたいに 、 ただ黙って 見ています。 理屈は 飽きたわ。 ろくすっぽ飲めない 彼の コーヒーを そっと手にとり 自分の口に 含みました。 見た目通り 深く 真っ黒な苦さが 胃に落ちて それでも後悔はしていません。 それじゃあ君は何を信じるの 目は見ません。貴方は理屈を 信じるのですか。 彼が 畳んだ 新聞を わたしはわざわざ広げ直して 文字は読まずに 眺めます。残りのコーヒーを 彼は 難無く飲み干してしまい 微かな 豆の香が 辺りを侵す様子は 心臓に酷い害を 及ぼす様子。
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