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つぼみ
つまり肺を水におかされるのと動脈から血がふきだすのとどちらがより辛いかというはなし。じわじわいくほうが楽か、ショックでパニックになるほうが楽か、わたしはそんなにつよくないから、痛くない苦しくないやりかたを考えていただけなのに、はじめてあったそのひとは、わたしのそれをきいてわらっていた。なんだ、そうだと知ってればわざわざつめたい水にとびこんだりしなかったのに。そういってわらっていた。彼の濡れた服は、潮で肌にべっとりとくっついて皮膚が苦しそうだったし、それをかわかす風は、さらさらと優しくなでるでもなく、濡れたわたしの肌にべっとりとはりついていた。
「でもあれじゃあ溺れたようにしかみえないよ」
入水にもやり方があるんだ、本気なら次は浮かないように重しをつけるといいよ。
「じゃあ一緒にやってくれない」
「理由がないよ」
右手首にそっとふれた。水のなかで彼が触れた箇所ははっきりと覚えていた。というか、そこは圧力でくっきりと赤く残り、存在を主張してくる。わたしが消えたいと願う理由はりゆうはなんだったか。わすれた、いや、しらない。
「なんなら動脈きってみる?」
びっくりして彼をふりかえると、冗談だよ、と真顔で言った。たちのわるいひと。
「でも、おれは入水がいいな。海とひとつになるって気分いいよ、たぶん」
立てたひざにあごをおとして遠くを見通すと、わたしの眼球がすぐめのまえの海をとらえる。ひだりから右へぬける彼の声を耳がひろい、ちからいっぱい助けられた印しがひりひりするのを感じるのは皮膚。
感覚器官がまだいきてる。もう限界だと弱音をはいたのは脳だけだったのかな、と、かれをみると、背伸びをして、まだ何かしゃべりながら、やっぱりずっと遠くを見ていた。
「…から、どっちも痛いし苦しいよ」
「え、なに?」
「あれ、きいてなかったのか、もういいよ」
「あなた、なまえは?」
「必要ないよ、もう会うこともないだろうし」
「わたしもういっかい考えてみるよ」
「そっちの場合の理由は考えるものじゃないよ、無理やりもつんだよ、よくしらないけど」
そういった彼はまだ無表情で、わたしは爪先に視線をおとした。海の風がうざったいけど、もししぬときは、今度こそ海とひとつになろうと今きめた。さっきの手首がひりひりした。
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