邂逅

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と落ち着かないのも事実だ。 禁煙を試みていた頃は対策として裂きイカを齧っていたものだが、結局断念した。 敗因は、裂きイカの売っているコンビニよりも、タバコの売っている自販機の方が現在の家から近かった点。 「それと、僕の生来のいい加減さ。」 まあ、口に出せるぐらいには理解しているのだが。 しかし、やはり何も口にしないのは我慢できない。 せめて飲み物でも飲んで感覚を騙さなければ。 「……何あるかな。」 立ち上がって、ベンチの隣にあった自動販売機に近付いた。 会社ではいつもブラックコーヒーをストレートで飲む習慣があるが、彼は本当は甘党だった。 目を覚ますにはブラックが一番――などと、自称“健康研究家”の直属上司に勧められたものだから、嫌々ながらも断りづらくなってしまった……。 という、情けない上に底の浅い理由が裏にある。 先ほどこの小さな公園に対して抱いていた感情は、自身への跳ね返しなのかもしれない。 それが薄っぺらい同族嫌悪なのは、百も承知。 「……お、キャラメルマキアートか。」 彼は新しい甘い飲み物には目がなく、発見すると体が勝手にそれを要求してしまう。 欲望に抵抗しようとしても結局徒労で終わるので、いつしか彼はその本能に逆らうことを止めた。 ……糖尿病にだけは、気を付けたいものだ。 小銭を取り出そうと小銭用の財布の口を開けたが、そこには一銭も無かった。 「む……」 これには本当に参ってしまう。 紙幣は崩すとすぐに無くなってしまうから、なるべくなら崩したくない。 小銭は紙幣に比べて“まだ有るから平気”という根拠の無い気持ちを抱きやすいのだ。 しかしながら家にすぐ帰るつもりも無いので、この場でしばらく過ごすにはどうしても何かで口を潤す必要があった。 「仕方ない……」 言いながら彼は腰ポケットの紙幣入れから二千円札を取り出した。 「――これ、まだ使えるのかな?」 ふと、自販機の表示を見ればそこにはきちんと千円札・二千円札・五千円札・一万円札……全ての紙幣が使用可能である旨が書かれている。 「……ん、良かった。」 小さなことだったが、おかげで少しだけ気が良くなり、牧山は手を伸ばして紙幣口に二千円札を入れようとした。 ――――――と。 「「……あ」」 驚いた声が二つ重なる。 牧山が手を伸ばした先に、もう一つ。 彼のものとは違う、二千円札を握っていた誰かの白い手が触れ合ったのだ。
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