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「…………」
既に俺は炎天下の中、20分程電柱の影に隠れて、目的地だろう公橋の屋敷に赴かずにそこを覗いていた。
何故かって?
だって割烹着を着て、爽やかな笑顔を保ったお姉さんが入口の前に立ってるんだぜ?
わざわざ自分から死地に赴くなんて恐ろしくて恐ろしくて(とりあえずあの謎の女性が居るという状況が怖い。かの有名な作家も人が最も怖れるのは未知への恐怖と言っていたし)、本当にこの場所で合っているのだろうかと錯覚を起こしてしまう。
「……ピーン!!(いい事を思いついた時のサウンド。かの坊主さんのように座禅は組んでいない。う〇こで死ぬからだ。これが人見知りの悪いところ)」
こういう時こその携帯電話。文明の開花に万歳。こうして人間は人類の壁を乗り越えたのだ!(もちろん誇大広告)
ありがとう。ベル博士。
「…………パカッとな」
萎む期待を心のセロハンテープで押さえつつ携帯を開く。
「…………」
圏外?圏外?えっ?圏外?何それ?圏外?おい?ちょっと?文明の利器さん?圏外って?
一度電源をOffにして再起動させてみる。
圏外。
「…………」
無情にも肩に重くのしかかる現実。歪む視界。停滞を見せる思考。緩むケツ穴。震える足腰。抜けるエクトプラズマー。長い溜息。幸せって何だろう?
と、心身共にBADエンドを迎えようとした時であった。
「あの……榛名様で間違いありませんか?」
割烹着さんから突然話しかけられた。放心状態だったので思わず息が止まってしまった。
「は……はい」
何とか返事をする。
「先程からここで何をなさっていたのでしょうか?目的地はそこで合っています」
「…し……知ってます。ちょっと早めのホームシックで電話をしようとしていただけです」
先程から……?まぁいいや。
「そうですか。それでは私がご案内を務めさせて頂きます」
夏にも関わらず涼しい表情で踵を返し割烹着さんは屋敷へと向かう。
「はぁ……」
俺の軽いボケは相槌程度の返事だったのに……今日だけで数十回目の溜息を吐きつつ彼女に着いて行くことにした。
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