【第二詠唱:魔法の使えぬ魔法使い】

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   妖精のような、というレトリックがこれ以上なく似合う少女だった。必要以上に装飾のない、簡素なドレスが彼女の美貌を際立たせている。  蜂蜜を梳いたかの如く艶やかで滑らかな鳶色の髪は、少女の頭が少しでも動く度にサラサラと流れ、華奢な体躯を愛撫する。  目は優しげな光の宿る琥珀。それを小ぶりながら筋の通った鼻が支え、桜色の唇が処女雪の肌の上で一際目を引いていた。  手足は細く、胸部は慎ましくも女性的な曲線を描いている。ふと目を離せば消えてしまいそうな――朧げで儚げな印象を、カレンは抱かせる。 「後少しでセラスの村。そこで休憩を挟みますので、それまでどうかご辛抱を」  カレンのため息を〝狭い馬車内で揺られ続けているのが億劫〟と解釈したらしい。家令が小皺の浮く顔で柔和な笑みを作りながら、抑えた声音で言う。  彼とは幼少の頃からの付き合いだ。彼女がため息を吐いた本当の理由くらいわかっているはずである。礼服を着こなす壮年の家令へ了承の意を伝えるカレンに、カップの乗ったソーサーがすっと差し出された。 「今朝摘んだばかりの、クコの茶でございます」  姉代わりでもある侍従の柔らかな声。湯気の立つカップに口を付け、カレンはほっと息を吐いた。爽やかな芳香と優しい蜜の甘味に、強張っていた心が解れるのを感じる。  どこまでも空気の読める二人に、カレンは謝礼の意味を込めて笑いかけた。二人も笑顔を向けてくれたものの、お礼すら口には出せない己の地位を苦く思う。自分には〝貴族〟と呼べるほどの力はないというのに。  再び茶を含み、擦り硝子の向こうに視線を遣る。途中の村で休憩を挟んだとしても、目的地には今日中に着くだろう。  ――周りを広大な森で囲まれる、大陸最大の魔法学院には。  
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