【第二詠唱:魔法の使えぬ魔法使い】

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        …*…*…*…  ――重厚な木の扉を押し開くとそこは深海であった。 「カレン!」 「イ――ぶっ」  先の行動上がら空きだったカレンの胴に飛びついたのは、深い海色の髪をした小柄な少女だった。その長く美しい髪が勢いで舞い上がり、カレンの顔を覆う。シルクは衝撃でふらつく妹の体を支えた。 「久しぶり、カレン。元気にしてた? 病気になったりしてない?」 「うん、平気よ。心配してくれてありがとう、イヴ」  やや幼げな顔でカレンを見上げてくる少女はイヴ・ローレンシアという。カレンの父が治めるセントリア領に隣接し、王国最大の商業都市を有することで名高いローレンシア領を治める侯爵家の令嬢である。  お互いの両親の仲が良かったゆえに、子供の頃から一緒に遊ぶことも多かった二人は幼なじみで親友だ。一月ぶりの再会に自然と頬がほころぶ。  そんな華のある光景に一人頷くシルクへ忍び寄る影、一つ。ツンツンに逆立った頭部を持つその人影は、一気に間合いを詰めて右ストレートを放った。こめかみを狙ったそれを見もせずに受け止めるシルク。 「残念ながら、俺の死角はそこじゃない」 「あー、くそ! 奇襲でもダメかぁー」 「俺を倒せないようなやつにカレンはやらないからな、タクト」 「う、うっせぇよ、このシスコン!」  シルクの言葉に目に見えてうろたえるのは、燃え立つかのような赤髪の少年だった。粗野な物言いをしているが、王国内で治領を持つレイナード侯爵家の子息である。  シスコンを否定せずに、シルクは意地の悪い笑みを浮かべてみせた。実際のところほとんど表情に変化がないものの、こちらも同じく幼なじみをやっているタクトが気付かないわけがない。  
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