【第一詠唱:光の魔術師】

7/10
前へ
/16ページ
次へ
  「今回ばかりは本当に危機一髪だったねぇ」  そう言いながら、新見がスチール製の小瓶を差し出した。ツカサは瓶を受けとり、その中身を一気に飲みほす。  薄いレモンの味をした、粘性の高い液体が喉を通り過ぎていく。これは液状化された魔力だ。二度の戦闘で失った魔力が補充されていくのを感じる。 「あいかわらずイイ飲みっぷりだ。それ一本がいくらするのか知っているかい?」 「……厭味ならよそで言ってくれ」  鉛のようなため息と同時に、ツカサは言葉を吐き出した。生成に要求される技術力と素材の貴重さから、その値段が一本で十万円を超えることくらいは彼も知っている。  だが、自分の今回の働きがそれ以上であったこともわかっていた。新見もわかっているだろう。それでも言うのは、ただ単に新見がそういう性格なだけだ。  笑って流した新見と、無視を決めこんだツカサを乗せ、黒塗りの高級外車が音もなく発進する。片側二車線の道を、他の乗用車を追い越しながら。 「今日の被害は?」  今度はツカサから話をふった。笑声を止め、ただし皮肉な笑みはそのままに、新見が大袈裟な身振り付きで返答する。 「おめでとう、ツカサくん。今回も被害はゼロだ。一級と特一級を相手にしてこれは史上初の快挙だよ」 「――そうか」  それだけを返し、ツカサは口を閉じた。気になっていたのはそれだけだ。誰も欠けていないのならば、彼女との約束はまだ守れている。  たとえ他の誰かからバケモノを見る目を向けられても、約束さえ守れていれば、別に構わなかった。自分とまともに向き合ってくれた彼女はすでに亡く、その視線に対して怒る人物などいないのだから。  一級や特一級の精霊が同時に出現する異常性を、なぜかツカサに関連づけながら話す新見を無視し、ツカサは目を閉じた。眠る前に見た窓の外では、何も知らない人たちが平和に笑い合っていた。  
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

189人が本棚に入れています
本棚に追加