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暗い森。
周囲には淡い月明かりに照らされた木々、それらは森の中に不自然にできたこの空き地を見張るように生えている。
葉が揺れる微かな音さえない穏やかな夜。
そこに、一つの音が響き渡る。
『―――首尾はどうだ』
年齢を悟らせない、男の声。
同時に、先程まで存在しなかった気配が空き地に現れた。
気配の片方は声の主である男だ。
もう片方は、夜であるにもかかわらず傘をさしている女。
『どうもこうも、全部が全部要求を断られたわ。和平を結ぶ気は更々ないようね』
吐き捨てるように紡がれた言葉に、男の顔が僅かに歪む。
『そうか……せめて一つでも賛同する里があればと願ってはおったが、叶わぬか……』
しばし悩むように頭を抱えた男は、不意に女の瞳を見つめた。
『最後の希望だ。私と弟子達が南の里へ行こう。そこで和平を結ぶことができれば、いずれ他の里の者達も賛同してくれるだろう』
『何ですって!?』
男の言葉が余程想定外だったのか、女は眉を潜めた。
『駄目よ、あそこには何人も妖怪退治を生業としている人間がいる。話しを聞こうともせずに襲ってくるわ!』
泣きそうな顔で次々と制止の言葉を発する女に、男は静かに笑いかける。
『大丈夫だ、彼らはきっとわかってくれるだろう。少ないが、いくらか知人もいる。
……しかし、もしもの事もあるかもしれない』
そこで一度言葉を切り、男は月を仰ぐ。
『なぁ、紫。もしもだ、もしもこの最後の希望が潰えた時』
その時は―――
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