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え、え、え、と声を漏らす慧音に構わず、とっちーはさらに抱く力を強めたように見えた。
俺はそんな二人をポカンとしたまま見据えるだけだ。というか硬直しているだけだ。
沈黙が部屋を支配し、俺も慧音もわけがわからないまま時間だけがゆるやかに過ぎて行く。
空が夕焼けと呼ばれる時刻になって、ようやくとっちーは慧音から離れた。
「……落ち着きましたか?」
抑揚のない声に、慧音は苦笑いしながら頷く。
「ああ、君のおかげでな。楢葵も、突然で悪かった」
「いや、慧音は悪いことしてないんだから、そう事あるごとに謝るなって」
むしろ今まで話さなかった俺が責められる側なのに、慧音は優しすぎる。
まあそれも彼女が里の人間たちに慕われる理由の一つなのだが。
「……ところで、何故君らは今日私を訪ねたんだ?」
いまさらだなぁ。
「とっちーいわく、さっきの話が目的だったらしい。俺は付き添いだよ」
「違う。さっきの話“も”目的」
……“も”?
「……今から話すことが、わたしがここに来た理由、本題」
本題にたどり着くまでをとても長く感じたのは俺だけじゃないはずだ。
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