饒舌の男

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『別段、どういった機能も果たしません。 だから、皆さんお買い上げになられないのです。 ね、道理でしょう』 僕は、うむとうなずきながらも、頭の中は複雑怪奇な迷路がうねうねと動いている。 『私見ですが、私はこう考えています。 5億の方は、それに値する研究や製造段階を踏んで造られているわけですから、その値段で購入されるとそれなりの満足感に浸ることができます。 また、20円の方は、人間生きているうちに色んなものを見たり、考えたりしますよね。しかしその内容とは歳を取るほど論理性を帯びてきて、へんに知識や規則にとらわれがちです』 『…はい』 『例えばあなた、地球上に現存するもので名前のないものがあるか考えてみてください』 『…考えつきません』 『ですよね。一生思い付かないでしょう。この20円の製品はそこをついた物と言えます。なんでも5歳のお子さんが、自宅でわずか1分ほどで作り上げたといいますから。 私たちにも作れないことはないのです。でも絶対に作ることは出来ないのです。 要するに、1+1くらい簡単なものであり、1+1くらい難しいものでもあるのです。 1+1、物理的に答えを出せても、理論的に答えられますか?できないでしょう?』 『……………』 『だからそういった感慨にふけるだけで充分なのです。べつにこの球が物理的に機能する必要はないのです』 饒舌的色彩を強めてきた主人に多少辟易したが、僕が無理やり納得させられた形で、 『そ、そういうことですか…』 すると主人は嬉しそうに頭を掻きながら、 『私の話をここまで聞いてくれた方は初めてです。よかったら、どちらか差し上げます』 僕は即座に、結構です、と断りその場から立ち去った。 空間をちぎるような不思議な感覚だけが今も残っている………。  
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