第2章

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「今日は勝利しましたが、戦いはまだ終わっていません。君侯(クンコウ=仕えてる諸侯の尊称)は、先日午門にて謀反の詩を記し、今も軍を破り、将を殺し、天子の命に逆らったわけで、許されるはずもありません。まして、天下の諸侯は崇侯虎1人では無いのです。まして朝廷が激怒し、またも数手にわたって征討軍を送ってくれば、冀州は小さな土地ですから、水に投げられた小石のように危うい状態になるでしょう。ならばいっそ、これも乗り掛かった舟、毒を食らわば皿までというもの。崇侯虎は敗けを食らって10里(約39㌔㍍)も退いていますから、相手の不備に乗じて、われら人は枚(バイ)を銜(フク)み(=沈黙を守り息をこらす)、馬は手綱を外して、闇にまぎれて夜討ちをかけてはどうでしょう。叩きのめしておいて、こちらの力を見せ付けてあるのです。その上で、いずれかの才徳兼ね備えた諸侯のもとへ身を寄せれば、こちらも行動の余地ができ、我らが国を守る事も出来るというもの。君侯、如何なものでしょうか」 この言葉を聞いて蘇護は、おおいに喜んだ。 「よく言った。その通りだ!」 「今の戦は大勝したが、相手は必ず兵を整え仇を討ちに来るか、援軍を求めに行くだろう。何れにしても冀州が危うい事に変わりはない。どうしたものだろうか?」 そこで息子の蘇全忠に3000の兵馬を率いて、西門の外十里の五崗鎮(ゴコウチン)で待ち伏せをするように命じた。蘇全忠は了解し、下がっていった。陳季貞が左軍を、趙丙が右軍を率い、蘇護自身が中軍を指揮することになった。 こうして、大軍は黄昏時に出立した。 旗を巻き、陣太鼓も鳴らさず、兵は皆、枚を銜み、軍馬も皆、音のする手綱を外し、砲声を合図に攻め込む事を打ち合わせていた。 さて、崇侯虎は高慢尊大に軍を率いて遠征してきたものの、兵は失い将は討たれるといったてあたらくなので、心中ひどく恥じいていた。やむを得ず、残った将兵を集めて軍営を置いたが、本陣でガックリと意気阻喪し、憂うつな気持ちでいた。 やがで諸将に向かって言った。
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