第1章

3/5
前へ
/187ページ
次へ
「女カ様は、上古の有徳の女神で御座います。その昔、共乙(キョウイツ=天神。頭は人、身体は蛇)が頭を不周山(フシュウザン=崑崙山の西北にあるという)にぶつけて、天の西北に傾き、地の東南がへこみました時、女カ様が五色の石を使って天を補った為、民百姓は救われたので御座います。その恩を忘れず女カ様を祀っております。祀れば、四季は平安、国運は末永く続き、気候も温暖にし禍を退ける事が出来ると言われます。まさに国と民を守る神と言えましょ。陛下、ぜひとも参拝なさいませ」 「ではそういたそう」 翌日、輦(レイ=天子の乗り物)に乗り、文武諸官を従えて女カ宮に参拝へ向かった。 「我は商王朝30代を引き継ぐ紂王なり。我が祖の成湯(セイトウ)が夏の暴君桀(ケツ)王を滅ぼして商王室を拓いてより600年有余年、今長きにわたる平安を破り、北海の逆賊が暴れています。本日われは女カ娘々(ニャンニャン=女神)を拝し、天下の太平と国家の安寧を祈願いたします」 文武諸官も紂王に従って拝礼した。 拝礼をすまし紂王は、殿内の飾りや造りを見てまわり、その美しさに目を奪われた。突然狂風が突きつけ、幕が吹きめくれ、女カがその聖像を現した。 その容貌は気品に満ち、優美で瑞気にあふれ、絶世の美人という言葉でもまだ言いたりない。 あたかも蕊珠宮(ズイジュキュウ=神仙が住むとされる宮殿)の仙女あるいは月宮(月の中の宮殿)の嫦娥(ジョウガ)が下界に降りてきたようだ。 紂王は女カの美しさに見とれ、みだらな心を持った。(わしは一国の主で、国全部を擁し、三宮六院(=天子の後宮)を持っている。しかし、後宮にはこのような美人がいただろうか) 紂王は考えた。 「紙と墨を!」 声を張り上げた。 供の者が紙と墨を持ってくると、紂王は筆に墨をつけ、壁に詩をしたためた。 梨花は雨を帯び嫣艶(エンエン)を競い 芍薬は煙を籠めて媚粧(ビショウ)を騁(ハ)せる その妖しき美しき姿 つれ回(カエ)りて長く君主に侍(ハベ)らん
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

100人が本棚に入れています
本棚に追加