第一章 『その男の名は』

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 ハードトップは格納していないので直接風を感じることはできないが、車体で風を切る感覚がとてつもなくたまらない。ちんたら走る車には到底味わえない感覚だ。  もう一つの解消法は、毎日行えるわけではないのだから。 「やっぱ飛ばすのはたまらねぇ」  たまに遭遇するちんたらな車は追い越し、トラックとは張り合いながら、ぎりぎりのスリルを味わい続ける。  バックミラーに写る彼の顔は喜びに満ちていた。『アルカナ』への短い道のりの中の、短い楽しみ。  同乗者が居れば恐怖していただろう、その表情と運転の荒っぽさに。むしろ同乗者が乗るような事態になればこのスリルに銃弾がおまけされるが。 「はっはーっ……、パトカーかちくしょう」  喜びに笑いながらも、彼は耳ざとくパトカーのサイレン音を聞きつけた。ここら辺の監視カメラやセンサーはたいてい把握しているし、まだまだ遠いサイレン音からして彼の車を追いかけているわけではないだろう。それでも、速度を落とさざるを得ない。  舌打ちをもらして、ブレーキを踏む。 「ああもうちくしょう!」
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