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「…ありがとう。やっぱり璃沙ちゃんは良い子だね」
「当り前でしょ。あたしを誰だと思ってんの」
天宮璃沙さまよ、と冗談めかして言うと、くすくすと小さく笑う聖の声が聞こえた。
その声が酷くやさしく響いて、不意に本当にフラれたんだって気付いて、泣きそうになったけれど、山のように高いプライドでそれを何とか押しとどめた。
そして、握られたままだった手をぱっと離すとにっと口元を上げて笑った。
「じゃ、気も済んだからこれで許してあげる。まぁ、せいぜい頑張んなさいよ」
もうあたしには関係のないことだし、と心の中で呟いて背を向ける。
その背中を追いかけるような、必死な聖の声が背中越しに響いた。
「璃沙ちゃん!…その、これからも友達でいてくれる?」
その言葉は酷く自分勝手で、面倒なお願い事だって思ったけれど。
聖の気持ちに気付けなかった自分への罰だと思って、くるりと振り向いて何も言わずに頷いてみせた。
―たった、それだけのことなのに、聖は酷く嬉しそうに笑って、あたしが割と好きだったやさしい声で、ありがとうと笑った。
その声と視線に今度こそ泣きそうになって、慌てて背中を向けると、そのまま理科室を後にした。
ドアを勢いよく開けた瞬間、草壁の姿が見えたような気がしたけれど。
そんなことよりも零れてしまいそうな涙を隠そうと近くの階段を駆け上って、一気に屋上まで駆け抜ける。息切れしながら、屋上のドアを開けたあたしの瞳に、やさしく笑う見慣れた臨音の顔が映って、あたしの視界はぐにゃりと歪んだ。
「頑張ったんだね」
いい子、と撫でてくれる手とやさしく抱きしめてくれた身体はあったかくて。
聖の細い身体じゃない、自分よりも小さくて、柔らかい身体なのに。
今まで感じたことないくらいやさしくて、あったかくて頼もしいそのぬくもりは、あたしをふんわりと包んで。
そのぬくもりに縋るように、あたしはただただ涙を零した。
―今思い返せば、きっとこの時感じた想いが確かなスタートの合図だったのに、この時のあたしはそんなことなど知る由もなかった。
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