295人が本棚に入れています
本棚に追加
昔聞いた話だ。
かの男、勇者。彼は勇者になる前、貧民街に住みながら工場で低賃金労働に従事していたらしい。
飯にありつけたら至高。
屋根の下で寝れれば天国。
夏は病原菌に苦しみ、冬は衣服をかき集めて暖をとった。
凄惨たる環境だったと聞く。
そして、偶然出る機会に見舞われた格闘大会で優勝。
その後、幸運が重なり魔王殺すための勇者となったのだと聞く。
――勇者になる前、俺は人ではなかった。
――この王国には人ならざる人は大勢いたし、寂しくはなかったが、それでも俺は人でありたかった。
そう前に勇者がぼやいていたことを魔女は思い出す。
だから魔女はなにも言えない。
魔女狩りの時の名残で、人ならざる扱いを多く受けてきた魔女。
魔王襲来前は人でもなにものでもない、異形の存在としての扱いを受けてきた彼女は、なにも言えない。
辞めろなどと。
もうしなくていいなどと。
勇者の栄光を崩す言葉は。
そんな残虐な言葉は。
いえるわけがない。
最初のコメントを投稿しよう!