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 昔聞いた話だ。  かの男、勇者。彼は勇者になる前、貧民街に住みながら工場で低賃金労働に従事していたらしい。  飯にありつけたら至高。  屋根の下で寝れれば天国。  夏は病原菌に苦しみ、冬は衣服をかき集めて暖をとった。  凄惨たる環境だったと聞く。  そして、偶然出る機会に見舞われた格闘大会で優勝。  その後、幸運が重なり魔王殺すための勇者となったのだと聞く。  ――勇者になる前、俺は人ではなかった。  ――この王国には人ならざる人は大勢いたし、寂しくはなかったが、それでも俺は人でありたかった。  そう前に勇者がぼやいていたことを魔女は思い出す。  だから魔女はなにも言えない。  魔女狩りの時の名残で、人ならざる扱いを多く受けてきた魔女。  魔王襲来前は人でもなにものでもない、異形の存在としての扱いを受けてきた彼女は、なにも言えない。  辞めろなどと。  もうしなくていいなどと。  勇者の栄光を崩す言葉は。  そんな残虐な言葉は。  いえるわけがない。
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