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◇
蒸し暑い夏にしては肌寒い日だった。
都心から離れたこの場所は人気が全くないなく、日の暮れ暗闇に支配された此処にはただ、風の舞う音だけが寂しげに鳴っている。
そんな場所にあるのが随分と古ぼけた神社であった。
誰が建てたのかはわからない。この神社は人々がその存在を把握するずっと前から此処に建っており、そして古ぼけていた。
少し不気味な神社の鏡内のほぼ中心に位置する場所には一人の人物がいた。
夜のせいで周辺を完全に視認することはできないが、その人物の武神を思わせる面持ちと不可思議な雰囲気を纏う姿だけははっきりと見てとれた。
腰程まで伸びた髪にすらっとした身体つき。……見る限りその人物が女性だという事は明白だった。
彼女は神社の本堂を前に何をするわけでもなく、彼女の瞳は閉じられている。
「……誰だお前?」
ふと気だるげな声が静かな鏡内に響く。
声を掛けられた彼女は暗闇でもわかる程紅い瞳で後ろを睨みつける。
彼女が振り返った先には辺りに同化して見える黒のTシャツと普通のジーンズを履いた男がおり、ただでさえ細い目を更に細め不番げに彼女を見据えていた。
ちょっと近くに買い物行く感覚の服装をした彼を彼女はさも興味なさげに一瞥するとゆっくりとその唇を動かし、言った。
「人に名を聞く時は――」
「自分から名乗れ……だろ?」
言葉を遮られた彼女は長髪を揺らし静かに頷く。
――微かに靡いた髪は月明かりに照らされ朱い光を反射させていた。
「俺は“罹廻 愁音・リカイ シュウネ”。赤毛の貞子さん、あんたの名前は?」
何だそれは。愁音にとてもじゃないが喜べない名前を聞き、彼女は眉間に皺を寄せた。
「――まぁいい。私の名前は“風見 蘭華・カザミ ランカ”だ」
よろしく。伸ばされた手を愁音はゆっくり握った。
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