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「ちょっと待て、虚数単位iが存在することは認めるとして、なんでそれで平面がつくられるんだ」
哲学氏がわめいた。よくあることである。
物理学科の学生の中でも異質な存在である彼は、
「大森庄蔵先生が初めに入ったのは何学科だったか、物理学科だ!」
だの、
「少年時代の中村雄二郎を魅了してやまなかったこと、それは物理学だ!」
だのと声高に自らのアイデンティティを主張することがよくある。その他、ことあるごとに他の学生たちとの隔絶感を感じると、精神の平衡のゆらぎがわめき声となって表れるのだ。
さて彼は今、新学期から新しく始まった「複素関数論」のレポートと格闘中であった。レポートといっても、多くの理科系のレポートは単なる演習問題であり、文科系のそれとは異なる。
そして、哲学氏が悩んでいるのは、いわゆるガウス平面についてであった。つまり2乗して1になる数iを用いて、平面上の点をz=x+iyと表すことに抵抗があったのである。他の学生はあまりそこにつっこむようなことはしない。大抵は教官の「量子力学では自然が複素関数で描かれる」といったような言葉に対して、そういうものかと潔く受け入れるのである。
そもそも哲学氏はε-δ論法とか、実数の連続性とか、他の学生が全くその意義を計りかねているようなときには顔を輝かせて講義に聞き入っているのに、誰もつまずかなそうなところで、前に進めなくなることが多々ある。そういうところが周りの学生には不可解であった。
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