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「便利なもんは便利なんだ。受け入れればいいじゃないか」 そう言うのは語学氏である。 「複素数を使えば平面を扱える。ハミルトンの四元数を使えば三次元の回転も簡単だ。ちなみに、十六元数まではあるが三十二元数はないんだぜ」 このように彼は往々にして知ったかぶりを披露する。特に、その知ったかぶりは語学関連の話になるととどまることを知らない。 「まああれだ。そのうち慣れるだろ」 敏感に知ったかぶりの初期微動を感じた普通氏が、主要動が来るのを適切に防止したかに見えた。普通氏にはあまり顕著な特徴がない。強いて言えば睡眠時間が長いことなのだが、睡眠氏などというと寝たまま死に至るようで、どうも響きが悪い。それで、だったら普通氏で良いだろうということになった。もっとも、哲学氏はこの呼称について、「普通であるということもまた、それ自身を特徴付けているわけで、つまり・・・」などと不満を絶やさない。 「慣れ、だと? すべての自殺が思考の停止を意味するのと同じだ。慣れはタウマゼインを破壊する」 普通氏の言葉に、哲学氏がかみついた。普通氏の普通的意見には、哲学氏を刺激する何が含まれているらしい。  「あれ、哲学氏、三島由紀夫読むんだ?」 と、文庫本から目を離さずにしゃべったのは文学氏である。
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