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文学氏は常に何かを読んでいる。誰も彼が何を読んでいるのかを気にしないが、文学作品のみならず、あらゆる分野の書物に手を出しているようである。そして、常に部屋の隅で書物の世界に没入しているのかと思えば、他人の話は聞いているようで、このようにたまに発言するのである。
「三島だと? 誰だ、それは?」
「『全ての自殺は思考の停止である』って三島由紀夫の言葉だじゃなかったっけ? まあ、そう言った本人が自殺しちゃったわけだけどさ」
哲学氏のとぼけた発言にも、文学氏は顔を上げずに淡々と反応する。文学氏にも語学氏のように雑学があるが、文学氏はあまりに本を読み過ぎるので細かいところがごっちゃになっていることがよくある。
「どうでもいいけどさ、お前イスに座らないの?」
普通氏がもっともなことを部屋の隅の文学氏に訊いた。
「うん。床に座っている方が落ち着くじゃないか」
彼らが今いるのは、「S研」と呼ばれるところである。S研とはS研究室の略で、つまりS教授に割り当てられた部屋のひとつである。
S教授は単位を簡単にくれることから「神」と呼ばれる人で、実際人格も仏の如くおおらかであり、真冬に理学部棟の屋上で議論を戦わせるという、怪しいこと甚だしい4人を見つけ、「うちの研究室に来なさい」と声を掛けたのであった。
それ以来、もとより遠慮など知らない4人はS研に入り浸り、S研所属の院生からは露骨に嫌な顔をされているが、S教授には全くそんな様子はない。
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