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「お腹減ったでしょ?今、お粥温めてくるから待ってて。」
彼女はそう言うと部屋を出て行った。
パタパタという音が遠ざかっていくのを確認して、俺は再び溜息をついた。
しばらくここにいるとしても、親父に連絡を入れなければならない。
そう思い、俺はポケットを探る。
しかし、そこには何もなく辺りを見渡すと、ヘッドボードに置いてあるのを見つける。
取ろうと手を伸ばしたその時、再び誰かが部屋に入ってきた。
俺はドアの方を見ると、目を見開いた。
そこには、この山に登ってきた目的である人物、一条 晃が立っていた。
「気分はどうだ?」
俺はその言葉に少しドキリとした。
もしかして、俺の正体がばれているのではないかと思った。
『本来、殺すべき相手に助けられた気分はどうだ?』
俺にはそう聞こえてならなかった。
今の俺は例え襲われても、対抗できない。
殺そうと思えばいつだって殺すことができる。
俺の額を冷や汗が伝う。
「どうした?まだ気分がすぐれないか?」
「あ…。」
どんどん彼は俺に近付いてくる。
なぜか俺は今、殺される側に立っている気分になっていた。
いや、実際にそうなのかもしれない。
彼がベッドの所まできて、俺に手を伸ばしてくる。
もうおしまいだと思って目を閉じると、額にひんやりとしたものが触れる。
俺は恐る恐る目を開けると、彼は自分の額と俺の額に手を当てていた。
「熱はないみたいだが、顔色が少し悪いな。もうすぐ壱乃がお粥を持ってくるから、それを食べたら薬を飲んで寝なさい。」
そう言うと俺の額から手を離した。
壱乃というのは先ほどの女のことだろう。
二人はきっと夫婦なのだ。
「しかし、こんな所まで何しに来たんだ?」
俺はその言葉を聞いて、再びドキリとした。
そして、どう応えようかと目をあちこちに泳がせていると、彼はふっと笑う。
「言いたくなければ言わなくていい。」
彼は近くにあった椅子に座る。
「誰だって人に言えないことの一つや二つあるもんだ。」
そう言う彼は、自分にも秘密があるとでも言っているようだった。
「まあ、とりあえず今は安静にしてろ。」
彼も、先ほどの彼女と同じようにそう言うと優しく笑った。
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