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「ねえ、カイ」
薺姉ちゃんが、僕の耳元で小さく囁く。
「あたしが昔言った事、まだ覚えてる?」
それはきっと、あの言葉なのだろう。姉ちゃんが僕に言った、あの言葉。
「雨の日の夜は、気を付けて……」
震える声で僕がそう呟くと、薺姉ちゃんは満足そうに──けど、悲しそうに、小さく笑った。僕から姉ちゃんの顔を見る事は出来ないけど、なんだがそんな感じがする。
「ちゃんと覚えててくれたのね。嬉しいわ」
姉ちゃんはそう言いながら左手で僕の頬を愛しそうに撫で、右手で、僕の首をそっと掴んだ。その両手の冷たさに思わず身震いをすると同時に、恐怖感が僕を襲う。
殺される。
素直にそう思った。
僕の首を握る薺姉ちゃんの手に力が込められ、徐々に息苦しくなって来るのを感じる。酸素を求めて開かれた口からは、僕の潰れた声が出ていくばかりだ。
「あ゙、ぁ……っ」
「苦しい? 苦しいわよね……。あたしだって、本当はこんな事したくないの。お願い、分かって」
全部、カイが悪いんだからね。
薺姉ちゃんは悲しそうにそう言うと、一気に僕の首を絞め上げた。
「がっ……!」
「あの時……あの時、カイが来なければ。こんな事にはならなかった。ねえ、どうして来たの? どうして中途半端に終わらせたの? どうして──雨の日の夜だったの?」
苦しい。
苦しくてたまらない。
息が出来ない苦しさもあるけれど、一番の苦しさは違う。心が、苦しいんだ。
昔、薺姉ちゃんは僕に忠告してくれたんだ。雨の日の夜は、何が起こるか分からないから気を付けて、と。でも、僕はそれを無視した。無視して、しまった。
気付いた時にはもう遅くて、僕の目からは涙が溢れていた。
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