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一六〇〇年 七月。
「お前、死ぬ気か?」
蝉の声が、陽向の匂いと共に佐和山の城に惜しげも無く吹き込む。不要なものは全て片付けられ、閑散としながらも何処か趣のあるこの座敷に、二人の男が対峙していた。
一人――顔面を白い頭巾で覆っていて、中の表情を伺うことは出来ない――が、目の前で憮然と胡座をかく男に問い掛ける。もう何度口にしたか分からない、同じ問い。頭の隅では、このやりとり自体が無駄だとは分かっている。しかし、考え直してくれるのではないかという泡沫の期待を、彼は抱かずにはいられないのだ。
「三成よ……死ぬ気なのか?」
三成と呼ばれた仏頂面の男が、重々しく嘆息する。これもまた、何度目になるか分からない。細身でもう若くは無いが、鬼気とした光をつり上がり気味な目に宿す。
男は治部少、石田三成(じぶのしょう、いしだみつなり)と言う。
「死ぬ気など無いと、何度言えば分かるのだ吉継。顔面だけでなく、とうとう脳みそまで膿んだのか?」
三成の毒を孕んだ言葉に、吉継と呼ばれた男は布の下で苦く笑った。
男は名を、大谷刑部吉継(おおたにぎょうぶよしつぐ)と言う。
「相変わらずじゃのう、お前は。……だが此度はよく考えよ。今、家康殿に逆らうなどぬかすとはお前、どうかしておるぞ」
「どうかしてるのは、お前だ」
「わし?」
「そうだ。お前も分かっているのだろう。秀吉様が亡くなったと見たら、あの古狸はすぐさま手の平を返したのだぞ」
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