トライアウト1

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東北スタジアム。東北アローズは十対〇で東京ナインズに負けていた。この試合はシーズン終盤のいわゆる消化試合である。 「柿石しっかりな!」マウンドでコーチの声がかかる。 「はいよ。」柿石博人(34)ベテラン投手である。 「しっかり投げて来季も契約してもらえるといいな。」相手チームからヤジが飛ぶ。小林健(34)東京ナインズのバッテリーコーチである。 この二人は高校時代、同じチームメイトだったが、あることがきっかけで仲たがいしてしまう。 三年の最後の夏の甲子園予選の決勝戦、3対2でリードの9回裏2死満塁フルカウントで捕手の小林がカーブのサインを出したが、柿石はサインを見間違えストレートを投げてしまい、サヨナラ負けをしてしまう。 「おまえ!なんであそこでストレートなんだよ!」 「おまえがストレートのサイン出したんだろうが!」 優勝で沸く相手校の前でバッテリーがマウンドで大乱闘という前代未聞の不祥事を起こしてしまう。理由は柿石が極度の疲労と緊張で目がかすれ、指が3本でカーブのサインを2本と見間違えてしまったのだ。  そんなこんなで二人は仲たがいしたまま、柿石はドラフトの上位指名候補だったが、不祥事のせいで下位指名で。小林は進学希望だったが、どこも受け入れてもらえず、なんとか監督のコネで社会人チームに入れてもらえた。  そんな二人が15年後のトライアウトで顔を合わした。 「おまえ、子供三人だっけ?」先に声をかけたのは小林だった。 「おまえ、いい歳してまだ独身なんだろー。」 「うるせーな。」 二人のトライアウトは散々だった。  「台湾いくしかね~な!」 「指の数もまともに見えねえ奴は、どこいったって通用しねえ~よ。」 「だからって、おまえはマウンドで殴ることはねえだろ!」 「馬鹿は口で言ってもわかんねえからな。」 高校時代に言えなかったことを、15年後のトライアウト後の飲み屋でやっと言い合えたのであった。帰り際柿石がぼそっと 「わるかったな・・。」 「過去のことなんてしらねえよ、それより・・。」
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