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「お兄ちゃん?」
「…ん?」
「汗ぐっしょりだよー走って帰ってきたの?」
愛美にいわれ、シャツどころか羽織っていたポロシャツまでもが汗で濡れていたことに気付く。
「あぁ…うん」
「お風呂入ってきなよ、今あったかいよー」
ホントは風呂どころの心境ではないのだが。
「じゃ、入ってこようかな…ありがとう、愛美」
一稀は優しく妹に微笑んだ。
…一稀は妹に滅法弱い。
妹だけじゃなく、家族全員に反抗したことは一度もなかった。
入るつもりではなかった風呂も、浸かればやっぱり心地いい。
肩まで湯船に浸かり、一稀は全身の力を抜いた。
『またきますよ…菅野谷さん』
あの声が忘れられない。
またっていつだろう。
できれば、というか絶対会いたくないのだが…そういうわけにはいかないのだろう。
ヤクザみたいな連中だった。
ヤクザというよりは…そのしたっぱのような。
それに。
「芝原…」
知らない。
あんな男は知らない。
「…俺は…」
…ただ、幸せに暮らしたいだけなのに…
微かな呟きは少しだけ響き、しかし湯に溶けるように余韻もなく消えた。
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