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眠い目をこすり階下へ降りると、いつものように母は慌ただしく身支度を済ませているところだった。
「瞬、おはよう」
「はよ」
「今夜、何が食べたい?」
普段は夕飯のリクエストなど受け付けていない。が、今日は俺の16回目の誕生日。
「うーん…母さんの手料理」
「手料理?…ってどんな?」
「そうだな、イタリアンとか」
母は唸ったあとで特別返事をするでもなく、戸締まり宜しくとだけ言い残し、いつも通りに急いで出勤していった。
母子家庭の我が家。
母の仕事が忙しいこともあって、家事の半分程度は息子の俺がこなしていた。
元来、母は不器用で、特に料理に関しては殆ど出来合いのもので済ませることが多かった。
手料理がいい、だなんて、少し意地悪だったかな。
そう思いながら、自分も学校へ行く支度を始めた。
授業と部活を終えて、帰宅はいつもの夜8時。
「ただいま」
玄関を開けると母が駆け寄ってきた。
「瞬おかえり!今日母さん帰りが遅くなっちゃってね…」
居間のテーブルには、宅配ピザが置いてあった。
「結局注文にしちゃった」
まぁ、そんなもんだよな。
そう思いながら、飲み物を用意するために冷蔵庫のあるキッチンへ向かった。
その時。
目に入ったのは、散らかったシンク。
乱雑に刻まれた野菜や、現物のわからない黒焦げの物体。そして汚れて脱ぎ散らかしたエプロンが、そこにあった。
居間に戻ると母は明るい笑顔で、
「美味しいよ、あったかいうちに食べよう」
とピザを皿によそってくれた。
一時間前のキッチンの様子を想像して、なんだか胸の奥が熱くなる。
「母さんがとってくれたピザ、美味いよ」
目も合わせずに、そうぶっきらぼうに呟くと、母はうふふと笑った。
俺の不器用さは、どうやら母親ゆずりみたいだな、なんて思った。
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