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「ほら、おいで」
泣きやまない子どもをあやすみたいに、彼は不機嫌な私に両腕を差し出した。
温かい腕の中。
私だけの場所。
私と知り合うもっと前は、誰の場所だったんだろう。
私じゃない誰かを抱いて、私じゃない誰かの頭を撫でたりしたんだろうか。
口を尖らせる私を見て、彼は優しく言った。
「何、まだ何か拗ねてるの?」
「…これから先、こうやって抱き締めるのは私だけだよね?」
こんなこと口に出すのは恥ずかしい。あなたが返す言葉だって、予想できる。もちろんだろ、ってきっと笑うだろう。
でもその当たり前の言葉を聞きたくて、私は恥をしのんで尋ねた。
「それは、約束できないな」
思いがけない言葉に、私は目頭が熱くなった。
ひどいじゃない。
確かに先のことなんてわからないけれど、少しくらい安心させてくれたって…。
「ごめんな」
おかげさまで、その日は始終膨れっ面をしていたと思う。彼はただ笑いながら謝るばかりで、訂正してはくれなかった。
そして今、彼は、私とは別の子を抱いている。
可愛い可愛い小さな女の子。
りんごみたいな赤い頬。
生まれたばかりの綺麗な肌。
彼の人差し指を、小さな手の平全部使って、きゅっと握り締めた。
あの日の言葉と笑顔の意味を知って、私は思わず笑った。
腕の中の女の子を見つめる、優しい彼の顔。
「あーあ。私だけの場所だったのにな」
私が口を尖らせると、彼はあの日と同じく、ごめんな、と呟いて笑った。
ああ、なんて幸せな嫉妬。
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