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いわゆる【始まり】
天使、が第六世界に降り立って数時間。
彼とも彼女とも呼べない中性の存在は、疲れ切ったように膝に手をつき、荒い呼吸を整えていた。
よく見ると、背から生えている淡く赤みがかった翼は傷だらけで、白いバスローブのような服もところどころ裂けて紅く染まっている。
これらは全て、次元の壁の流れに逆らった代償。
「誰か、私の声が聞こえないのか!」
天使、が叫びを上げた。しかし、黒い服を着た男も、黄色い帽子を被った子供達も、ただ通り過ぎる。
まるで、そんなものは存在しないと言わんばかりに。
灰色の四角い建物が立ち並ぶ中、天使、はそんな事を数時間繰り返していた。そしてもう分かっている。
第六世界の人間は、私の事を認識できないのだ、と。
加えて第六世界は、異なる世界の存在を拒む力が異常に強い。
知識としては知っていたが、それは天使の予想を遥かに超えて、力を刻々と削っていく。
後戻りする事は簡単だ。第六世界の力――異世界の存在を遠ざけようとする力に逆らわず、流れに身を任せれば良い。待っているのは処刑だが、楽にはなれる。
第七世界まで行ってしまう事もできる。堕天使になってしまうだろうが、生き延びる事はできる。
しかし天使、は、どちらも選ばない。
おめおめと帰っては、手伝ってくれた親友に合わせる顔がない。
堕天使となってまで生き延びたくもない。
かといって、目的を果たす事も出来そうにないのだが。
天使、は絶望していた。どうにもならない現実に。この世界の人間に。なにより、自身に。
そして一つの結論を生み出した。
――暇潰しだ。消えるまでの。
天使、は次第に、人のいない方へと向かっていく。当初の目的も忘れ、ふらふらと歩く。
いつの間にか黒く固かった地面が、土になっていた。両側は何も植えられていないが畑のようで、家がまばらに建っているだけ。
ここを通る人間に声をかけよう。それで終わりだ。天使、はそう決めた。
降り立った時青く澄み切っていた空は、オレンジと青のグラデーションになり、霧のような雲が薄く張っている。
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