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「よぉ」
光一は雑誌から少し目線をあげて俺に声をかけた。
「…どうも」
少し吃ってしまった。まずい。
「あ…、っと……」
「なあ、これ見てみいや」
「え?」
光一は突然見ていた雑誌を見せてきた。
車の雑誌だったが、全く無知の俺でさえ綺麗だと思う車ばかりが載っているページだった。
「このフォルムは犯罪的やろ!久しぶりに興奮したわー。デザイン性ばかり追求してるかと思いきや、エンジンも申し分ない!この形でこの回転数なら十分合格やわ。素晴らしい!つーかもはやエロい!このラインがエロい!」
光一は一つの写真をばしばし叩きながら、まくし立てるように話した。
「はあ…」
「反応うすっ!まあええわ。で、まあお値段なんですけれどもぉ、さすがにね、素晴らしい車なだけあって、なんと700万円という、そう簡単には買わせてはくれないな、と。そんなわけで剛くん買ってくれへん?」
「あほか、誰が買うかいな!」
ついいつものノリでツッコんでしまった。
「ぶー。けちー。剛けちやー」
「うっさいな、もう」
俺は心の中でそれはもう驚いていた。
光一がいつも通り普通だったから。
さっきなんてあまりにも普通で自然だったので思わずツッコミを入れてしまうほどだし。
もしかして、光一酔っ払ってて覚えてない、とか?
きっとそうなんだ。
俺ばっかりぐるぐる考えて馬鹿みたい。
光一が忘れているのなら、それはもうそれでいい。
それがいい。
なんだ。よかった。今まで通りじゃないか。
「ではおふたり共入られましたので、収録開始します!」
その後の収録はいつものぐだぐだなテンションで終了した。
それはそれでいつも楽しいからいい。
俺は、俺の中からも二週間前の出来事を消すことにした。
それが最善だと思った。
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