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歯磨きの刻:
私は歯磨きをする時、必ず恋愛小説を読みながら、と決めていた。
出来ればその小説は大人な、ビターなものをよくチョイスしていた。
最近は滅法「江國香織」の本を読んでいた。彼女のあの知的で、愛らしくて、同じ女性としての美しさがそこにはあって、とても有意義な時間を過ごせていたような気がした。
歯を磨くという行為は、私には「全てを無に」というニュアンスが含まれているような気がしてならなかった。
歯磨きの後の、あの美しく光る白い歯。舌で歯茎をなぞるとツルツルとした感覚が汚れのない、全くの清潔感を醸し出す。吐く息がどこかスッキリしていた。私はそれが嬉しくて堪らなかった。
ただ歯磨きしただけで、体の内側から綺麗になった感覚。それが止められなかった。
そしてそこに、まるで闇夜の月、それも「満月」だとか「半月」、「三日月」みたいな名のある月でない月が妖しく光る光景が連想される、大人な恋愛が、身を清める歯磨きの行為とピッタリに思えた。
歯ブラシを歯茎と歯との境界辺りをなぞりながら、大人の世界へと渡っていく。
18歳になった私には、それがとても神聖な儀式 ーそこに宗教的な意味はないー に思えた。私はウットリと目を細くしながら、右手では歯ブラシを世話しなく上下左右にし、左手では本のページを捲ったり押さえたりして、甘い微睡んだ時間を過ごした。
椅子には決してもたれない。もたれると、どこか緊張がなくなってしまうから。
緊張がなくなると、やはり大人の恋愛はつまらないものに感じられる。
私の中に、恋愛とは常に緊張状態でなければいけないという定義があった。
それが、私が本当の恋や愛を知らない理由になったのは、それはもういつからだろうか?
いやいや、恋愛を語るには私はまだまだガキである。偉そうに言えた義理でもないと気づかされたのは、さていつの頃だっただろうか。
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