黒白境御伽噺話-モノクロキョウオトギバナシ-

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「…!」 松帆は理解っていた。 “侵入者”は、襖から行儀良く訪れたりはしない。 だが、今自分の足もとに倒れている「彼」の口内から這い出てくるとは、誰が予測できよう。 ソレは、枯れ枝のように細く歪な左手の形をしていた。 美しい「彼」の顔の中心―――整った唇が大きく押し広げられ、喉奥から人間の腕がズルリと伸びる様は、ちょっとしたホラーな光景だ。 何色ともつかないおどろおどろしい色彩を帯びる手は、正に“魔”のソレ。 ヒトの世に在るべきでない、“異世”より零れ出した侵入者。 ひゅるり、 唐突に、腕が松帆を目掛けて鞭のように撓った。 思考も敵意も何もないその本能的な動きは、獲物を前にした肉食の蛇を連想させる。 そういえば開かれた指が牙に見えなくもないな、と松帆は冷静に思っていた。 『―――不虚、』 それは溜息のような、短い詠唱。 細い指先が松帆の髪に届く直前、ぱん、と乾いた音と共に腕が弾かれる。 腕の歪な輪郭が壊れたテレビのように揺らめくのを、松帆は確認した。 雑魚か、と内心で零す。 「仕事」が少ない労力で片付くに越した事は無いが、手応えが無さ過ぎるのもそれはそれで退屈だ。 ことに、今回の依頼は従来に比べあらゆる意味で異色であっただけに、気を張っていた自分が莫迦らしいと気抜けせずには居られない。 “武器”を使うまでもないと判断した松帆は、ポケットの中の右手を丸腰のまま引き抜いた。 印を組まれた松帆の指先が宙を走り、虚空に見えない文字が描かれる。 『急、々、如、律、令』 - 今すぐに、我前より消え失せろ - 言霊と空符が破魔となり、“侵入者”を一片と残すことなくこの世から消去させた。 あまりの呆気なさに、雑魚以下だ、と一人吐き捨てる。 意識の無い「彼」をそのままに、座敷を後にしようと踵を返した刹那、 松帆は、背後から枯れ木の腕に首を掴み倒された。 _
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