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…しくった。
容赦なく畳に頬を押しつけられながら、松帆は自分の失態に対し小さく舌打ちする。
16年間、いや、自分の先祖が何百年と相手してきたにも関わらず、“敵”とする存在は未だに未知のモノだ。
気を抜いてはいけない相手だと理解っていながら油断した自分を恨まずにはいられない。
「余裕」と「慣れ」が、自分に隙を作ったのだ。
掌は松帆のうなじを万力のように締め上げ続け、細い指がぎりぎりと肉に食い込んでいく。
後ろから掴まれている分に窒息する事は無いとしても、首の骨をへし折られるのも時間の問題だろうと松帆は冷静に分析した。
焼け石かドライアイスを当てられるような、判別不能の刺激がちりちりと首の皮膚から沁入るように奥へと侵入してくる。
『師、爺、急、々…』
辛うじて自由な松帆の指先が、自の掌の上を滑る。
だが、敵の攻撃準備を見過ごす程、相手も甘くはなかった。
新たに現れた枯れ枝の腕が手首を捕らえ、背に捻り上げられる。
みしっ、と軋む関節の悲鳴に、松帆は僅かに顔をしかめた。
紙等を用いない符術、掌中符と呼ばれる術さえも封じられ、松帆はなす術も無く床に捩じ伏せられる形となった。
手が封じられれば、符術は使えない。
符術の使えない自分は、平凡で無力なただの人間に過ぎない。
所詮、自分は“闇”。
凡人に毛が生えた程度の人間。
そんな存在意義の希薄なモノがここで消えたところで、世界は何も変わらない。
死を前にしても尚他人事のような松帆の思考は、決して自暴自棄なものではなく、
単純に、何に対しても無関心な彼の人格を、如実に表したものだった。
何に対しても。
それは、たとえ対するものが自分自身であったとしても。
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