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斬、と音がした。
その剛くキレのある響きは、「ザン」よりも「斬」という表現が相応しい。
同時に、拘束が僅かに緩んだ気がした。
考えるより先に松帆はそれを振り払い、指先で掌中に符を綴る。
『神指揮漉、衆神護佑、籍以安寧、降魔伏邪、吾奉太上老君、急急如律令!』
総計27字で成る詠唱さえ、松帆には一秒と要しない。
横薙ぎに腕を振るえば、2本の枯れ枝は強酸を浴びたように爛れ、虚空へと消えた。
首筋にズキズキともヒリヒリとも取れる奇妙な痛みを覚えながら、立ち上がり、“敵”を見据え―――凍り付いた。
松帆の脳裏に「地獄絵図」という言葉が浮かぶ。
計測不可能の数の細腕が、餓えた餓鬼のようにザラザラと蠢き、形容しがたい不気味さを醸し出していた。
確認するまでもなく、其れらの全ての発生源は“由良”の肉体。
全身の皮膚や着物を内側から惨たらしく突き破り、尚も増殖を続けている。
そして、腕の群衆に果敢にも単独で立ち向かっている黒い影を松帆は視認した。
果敢、いや、それは無謀と呼ぶべきか。
室内の空間をピンボールの如く跳ね回るそれは、ヒトの形をしている事が辛うじて確認できる。
しかしその動きは「身軽」などというレベルではない。
到底ヒトのそれとは思えないスピードで腕の間をかい潜り、同時に次々と切断していた。
斬、、斬、 斬斬、斬、
再び細腕がひゅるりと松帆に伸び、同時に斬の音を目の前で感じた刹那、
松帆は漸くその影の正体を認識した。
黒染めの装束に身を包んだ、忍。
顔の下半分は衣服と同色の布に覆われ、人相は伺えない。
しかし其の小柄な体躯から、松帆よりも幾らか若い印象を受ける。
手にしている武器は、日本刀。
本来、幾ら運動能力に秀でていようと、物理的な攻撃に破魔の力は無い。
忍の攻撃は、あくまで注意を引き付ける為の時間稼ぎに過ぎないのだろう。
交錯の一瞬、
忍の鋭利な瞳が、松帆に向けられた。
“―――無様だな。”
それは、明確な侮蔑の意。
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