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バシャリと、水たまりが弾ける。
僕の顔に嫌という程水がかかった。
先ほどとあまり変わらない、窮屈な路地裏だった。
生ゴミがないのがちょっとだけいいな、と僕は思った。
間もなく、先ほどの敗残兵が僕のいる路地裏に姿を現した。
雨と涙で顔をグチャグチャにしながら走っている。
若いな、と僕は思った。
まだ高校生くらいかもしれない。
男はしばらく僕に気づかずに走っていた。
僕に近づいているとも知らずに。
「なっ……」
僕は、持ち前の笑顔で出迎えた。
死者には笑顔を、僕のポリシーだ。
男は驚きと絶望の表情を浮かべて、その場にへたり込んだ。
もう逃げる気力もないのか。
つまらない。
僕は池のような水たまりの中をゆっくり進んだ。
こいつを始末したら、家に帰って暖かいシャワーを浴びよう。
そして、昨日イトーヨーカ堂で買ったミロを飲むんだ。
僕は立ち止まって、男を見下ろした。
男も僕を見上げていた。
懇願するような目つきだった。
僕は、何回も同じことを繰り返す。
ニコッと笑った。
僕は彼の元に屈み、そして彼の手に握られていたナイフを優しい取った。
「来世で頑張ってね」
僕は立ち上がりながら言った。
男は言葉にならない声を発した。
赤ん坊のように。
僕はそんな彼の姿に哀れみを感じた。
それだけだった。
「さようなら」
「死にたくない……!」
僕はそう言って、ナイフを男の頭に突き刺した。
男は白目を向いて、倒れた。
僕はしばらく男を見下ろしていた。
『死にたくない』……か。
興味深い言葉だった。
死を経験したことのない者だからこその言葉だ。
いま、彼はこの世を去った。
僕は心の中で呟いた。
『どうですか? 死は』
男の血が絶え間なく流れ出ていく。
僕は男の見開いた目をそっと閉じた。
昨日観た映画でそうしていた。
実際に僕がやるとは思ってもみなかった。
僕は再び立ち上がった。
やがてこの男の顔も思い出せなくなる。
「ごめんね」
僕はそう呟いて、その路地裏を後にした。
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