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――――十五年前。
華堂胡蝶は荷造りをしていた。胡蝶の娘、華堂朱里は荷造りする母の手にそっと触れる。
程よく白く、細く長くて、とても美しい手だ。
「お母さん……どっか行くの?」
「あぁ。」
「はやく帰ってきてね」
まるで泣いたあとのような表情(かお)で愛娘は、自分の頬をペタペタと触れてくる。
胡蝶は小さく微笑み、娘を優しく抱き締めた。
子どもの暖かい体温。同じシャンプーの香り。ぷにぷにの柔らかい肌。
本当は手放したくなかった。いつまでも自分のそばにいてほしかった。
しかしこの子は自分の……武道界一のこの胡蝶の娘。
試練を与えなければならない。自分は鬼になるべきなのだ。
娘が自分を超える時になるまで……。
「朱里? お前には試練がある……だが必ず私についてくるのだ。」
「……?」
「私を追え、そして私に示せ。
お前が私の誇りであることを……」
耳元で囁く。母親の髪が肌に触れる。
自分から離れ、荷を肩にさげて、冷たく乱暴にドアを閉めていく胡蝶。
驚いた朱里はドアをあけ、外を見回した。が、すでに胡蝶はいない。
「ママ……? ママぁぁっ……!!」 泣き叫ぶ娘を、胡蝶は屋根の上で見守る。
「強くなるんだよ……」
胡蝶は涙を流し、その場を去っていった。娘の泣き声が消えるまでしばらく時間がかかった……。
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