去らば日常、来る幻想

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「──俺は、どう償えばいいか分からないまま今日まで生きてきた。あの八年前の、年に一度くるかこないかの大雨の日、兄さんの忠告を無視して興味本意で川を見に行って案の定足を滑らし川に落ちそうになった俺を後ろへ引っ張った代わりに兄さんは濁流に飲み込まれた……」 紫苑の脳内でリピートされ続けているあの日の記憶。濁流に飲み込まれた兄を、自分は理解出来ないままただ見ていた。 今墓の中に兄はいない。墓の中にはあの日履いていた兄の靴が入っている。兄は見つからなかった。 「兄さん、兄さんは俺の事を恨んでいるよな。兄さんは俺と違って頭は良くて将来性のある人だった。兄さんは自分の未来を想像して輝いていたよな」 紫苑は墓に語りかけながら右手をかざした。 「俺はこの八年、兄さんに償える機会を神に与えられると信じ続けていた。そして三日前、俺は『兄さんを殺した罪を償える力』を手に入れたよ」 そう言った紫苑のかざしていた右手からとんでもない速さで何かが出てきた。 それは、紫色の荊だった。 それは、神などではなく、胡散臭いある人外がもたらした機会だった。
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