始まりの鐘

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 出来る事なら、自分の隣を歩く小さな彼を、あの柘榴王とは向かい合わせたくないと思う。彼が我が子であったなら、そのような目には頑として遭わせまいとも思う。  国務で忙しい実の両親とはめったに会えないにも関わらず、心根がまっすぐで聞き分けのいい少年に育ったケイオスが、ナンシーには不憫でならなかった。それでナンシーは、自分の暗い考えをどうにか払拭したくて、少年の手を握り、優しく話し掛ける。 「そういえば、王子様。王子様はもうすぐ、お誕生日を迎えられますわね」 「そう! 五さいになるの。ナンシー、おぼえててくれたんだ」  ケイオスは、空いている手の平をナンシーに向けて『五』を示し、心底嬉しそうに表情を綻ばせた。 「おたんじょうびにはねえ、おとうさんもおかあさんも、ぼくのことお祝いしてくれるんだよ。おたんじょうびは、おいしい料理がいっぱい食べられるんだけどね、ぼくはやっぱり、おとうさんとおかあさんに会えるのがいちばんうれしいんだ。――あ、もちろんね、ナンシーにお祝いしてもらうのもうれしいんだよ!」  握った手を大きく振りながら、ナンシーを見上げるその笑顔は、輝かんばかりに純粋だった。
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