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ナンシーを満面の笑顔で見上げるケイオスの声は、いつになく弾んでいた。
多少のやんちゃに目を瞑れば、普段はあまり我が儘も言わない彼だが、まだまだ両親に甘えたい盛りの少年だ。特に王家に近い人間は、日々柘榴への恐怖に怯えていたが、ケイオス王子の誕生日だけは心待ちにしていた。現段階ではそれだけが、彼らの心を和ませる話題だったからだ。
「早くお誕生日になるといいですわね、王子様。――さあ、お勉強はもうおしまいですわよ。外で遊んでいらっしゃい」
「やった!」
部屋の扉に走り寄る小さな背を、ナンシーはひどく慌てた様子で呼び止める。
「ああ、王子様! むやみに走り回ってはいけませんよ。お身体に差し支えますわ」
「だいじょうぶだよ。だってぼく、これから本を読みに行くんだもの」
「まあ。何の本を読みますの?」
ケイオスは、扉に手をかけたまま振り返り、また満面の笑みをもって答えた。
「海の上のことが書いてある本だよ。『はな』とか、『たいよう』とか、『ゆき』とか、見たことないものがたくさん書いてあって、すっごくおもしろいんだ! ぼくもいつか、行ってみたいな。海の上の世界」
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