プロローグ

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 海の奥深くに潜むその世界は、このとき妙に静かだった。絶えず移ろう波も、漂う鮮やかな魚たちも、そこにあるもの全てが、その場の平和を象徴している。  例えるならばそこは、管弦楽がよく似合う、蒼の楽園。時折上空から僅かに差し込む光は、世界に少なからず彩りを与え、さながら明るい未来を演出しているかのように見える。  海底世界の中央に、年端もいかぬ少年が立っていた。未だあどけなさが残る彼の表情は、外見年齢にそぐわない程に憂いを帯びている。  彼の虚ろな瞳が映しているのは、決して周辺の美麗な景色ではない。その中に佇む淡いスカイブルーの建物。気品と荘厳さを兼ね備えた都。その中心からひとつ突き出ているのは、都の象徴とも呼べる時計台。少年は、海の色によく似た両の瞳を、まっすぐにそこへ向けていた。  都の両端から、シャボン玉が飛ぶように、水泡が吹き上がる。舞い上がったそれは都の上でクロスして、さらに天を目指していった。少年にとっては珍しくもない光景だ。  少年もまた、幼いながらに気品のある端正な顔立ちをしていた。都では他にいない銀と黒の髪をフードで隠しているが、その中から覗く瞳には吸い込まれそうな魅力があり、優しげながらも凛としていた。腰には鞘に収められた細身の長剣。
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