2921人が本棚に入れています
本棚に追加
/498ページ
火翼は夢を見る。
幼い弟の手を引き、何かから逃げている夢だ。
――弟……?
『おにいちゃんっ! もう走れないよ』
『何言ってるんだよ! 逃げなきゃ殺されるんだ! ……父さんや母さんみたいに!』
幼い弟の手を引く自分もかなり幼い。
『早く逃げ……っ』
雨が降り出した。
火翼は、雨だと思った。
弟の頬を濡らす雫が赤い色をしてさえいなければ、ずっと雨だと思っていただろう。
『くすくす』
心の底からおかしそうに笑うその笑い方は、幼い火翼の足を止めさせた。
逃げていたんだ。
その笑い方をする、父と母を殺したソレから……。
『おやぁ? もう逃げないのかな?』
『――……!』
火翼が振り返る前に、ソレは血と同じ赤い髪から赤い雫をポタポタと垂らしながら、前屈みになって火翼の顔を後ろから覗き込んできた。
ソレは口元を歪ませてニタリと笑っている。
『お終いかい?』
――ぐしゃり。
幼い火翼は何の音かと後ろを振り向く。
顔を覗き込んでいるソレの存在さえ忘れてしまうほど近くから聞こえた、何かが潰れる音。
『……は……っ?』
後ろを見た幼い火翼はさっきまで話していた弟の異変についていけずにいた。
あるべきものが、ない。
弟の、頭がなかった。
『ボクが用があるのはキミだけなんだよ』
火翼は倒れていく弟の体を見ながら、絶対に放さないと両親と約束した弟の手を放した――。
最初のコメントを投稿しよう!