2.瓦解する日常

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「用があるから来たんだろ? ……違うのか?」 夕霧は小さく頷く。 「ええ、用があって来ました」 「貴方に」と言ってクスリと笑う夕霧は腕を組んでいて、その立ち姿でさえ画になるなんて卑怯だろ! そう火翼は思う。 これは定かではないが、魔族の容姿が良いのは人間を誑かすためだと言われている。 仮にそうだとしても、魔族の王がしっかり魔族たちをまとめている今は心配する必要はない。 しかし、こうして普通にいるだけで特別な奴を見ていると大変気が滅入る火翼だった。 綺麗過ぎる物は嫌いだ。 もっとも……夕霧の性格は綺麗どころか真っ黒な気もするが。 「俺に用……? だりぃ。用なら教官に言ってくれ」 「……貴方でなくてはなりません」 ヒヤリとした空気が火翼の首筋を撫でた。 火翼は眠たげな眸を軽く見開き、夕霧を見つめる。 魔族は冷酷な一族だ。昔は人間を皆殺しにしようとした者もいた。 ……やっと正体を表したか。 夕霧の顔からは表情が消え、いつも浮かべていた薄気味悪い笑みさえない。 夕霧は再び繰り返す。 「貴方でなくてはなりません」 火翼は直感的に悟る。 俺は、こいつを怒らすようなことをしたらしい。 きっと、出逢うずっと前に――…。 でも、まあ……、身に覚えねぇしなぁ。 夕霧の変化に全く動じない火翼は「くぁ……」と欠伸を一つ。 「分かったよ。授業だりぃし、あんたについていくよ」 サボる口実が出来て内心すごく嬉しい火翼。 夕霧はそんな火翼を見て口の端を上げた。 「あぁ……そうそう」 火翼は嫌な予感でいっぱいになる。 そして夕霧はゆっくりと言葉を紡いだ。 「授業が終わってからで結構ですよ」 ガックリと崩れ落ちて地獄を見るような表情になった火翼を見て、夕霧が本当に楽しそうに笑ったのを見た者はいない。
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