3.過去

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うぞうぞと蠢く、会話すら出来ない下級の魔物たち。 魔物は、ただ本能に従って人間を喰らう。 その本能は魔族によって遺伝子に組み込まれたものだ。 今となっては、かつての魔族の人間に対しての在り方を表している唯一のものだと言えよう。 霧雪 紅玖が魔族の頂点に立ったのは約30年前だ。 魔族の王は世襲制で決まる。 彼の場合もそうだ。 そして、彼には腹違いの弟が1人いたが、結局王の座についたのは霧雪 紅玖だった。 誰一人として異議を唱える者はいなかった――…… ……訳ではない。 むしろその逆で、彼の弟を支持する魔族ばかりがいたのだ。 彼の弟は、潜在能力では右に出る者はいないと言われたほどの天才だった。 誰よりも魔族の冷酷非情な性格を受け継いだ天才に、誰一人として逆らえはしない。 当時魔族の王だった実の父親さえもが畏怖していた。 邪魔だと思った瞬間に存在を消滅させることは毎日のようにあった。 ふらりと戦場に赴いたかと思えば敵味方の関係なく皆殺しにし、黒いコートを返り血でさらに暗い色に染める。 兄、霧雪 紅玖と同じ父親譲りの金髪は魔族だと言うのに肩にかかるほどの長さもなく、残していた魔族の見た目の特徴と言えば、整いすぎた、全く表情の動かない顔と抜群のスタイルくらいだっただろう。 そんな彼が、「王になる気はないか?」と父親に聞かれて言った言葉。 『屑共の為に働くなんて冗談じゃない。』 当時最強の力を持ち、最恐だと噂された男は自らの利益のためにしか行動しない、大層な一匹狼だった。 彼が他人のために行動することはないと、誰もが思っていた――。 ―――――― ―――
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