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「だってお前、そんな……」
まだまだ子供だとタカを括っていた後輩の予想外の成長ぶりを認識させられた竹谷は大いに狼狽えてしまう。こうなっては年上の威厳だとか余裕だとかあったものではない。しかも「そのつもり」で口付けていたのだ。心身共に火は灯りかけている。おそらく……いやきっと、孫兵もそうなのだろう。
「竹谷先輩」
業を煮やした孫兵の体が、ずり、と腹の上を移動した。その拍子に感じた男の熱に無意識に肩が跳ねる。恐る々々反らした視線を戻せば、目尻を仄かに染めた彼がじっとこちらを見詰める。
「…………っ!」
息を飲むと、項の付け根にじわりと汗が滲む。不快な汗かと自問すれば、答は否。否、なのだ。
「先輩ならばお解りかと思いますが、雄が雌の気を引こうと心を砕くのは当然です。雄が己を高めるのも、ひとえに雌のためです」
小さく喉仏が上下する。
「でも、雄を受け入れるかそうしないか、決定権は雌にあります。雄は従う者です」
白い指先で、ぎゅうと制服に縋られる。幾筋も寄った皺。どれだけ力が込められているのだろう。
「選んでください」
大きな瞳は強い意志で満ちていた。孫兵は一歩も譲らないだろう。
「竹谷先輩が決めてください」
そして自分が拒絶した場合もまた、違う意味で譲らないに違いない。
「ああもう……くそッ…!」
ガリガリと頭を掻くと、竹谷は大の字になって床に身を投げだした。
「孫兵!」
「え、うわっ!?」
握り締める腕を強く引くと、小柄な身体が傾き、覆い被さるように倒れ込む。反射的に突いた手は仰する男の首横で床板を鳴らし、互いの額がぶつかる寸でで身体を支えた。
「せん……」
「生き物を飼ったら!」
至近距離で絡み合う言葉。こめかみが、痛いくらい熱い。
「……最後まで面倒を見るのは、人として当然の礼儀、だ……」
小さいながらもきっぱりと言い切った告白。
「……っ、はい!!」
見上げた顔が破顔する。
仕方がないのだ。
たった今見せた笑顔ごと可愛いと思ってしまった。
一度懐に入れた生き物を、こちらの勝手で投げ出すわけにはいかない。
今更それができないくらい、情だって湧いているのだから。
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