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風が頬を撫ぜる。
二人分の体重で少し軋む自転車が緩やかに走り出す。
息を吸えばたちまち、春の柔らかな香りとごく薄い汗の匂いが鼻先を掠めた。
「…なぁ」
春の陽気にぼんやりしていると、控え目な大宮の声。
「何?」
「お前さ、けっこう重いんだな」
「ばぁか、標準だよ」
そう言って背中を叩いたら、笑った声で降ろすぞなんて言われて慌てて黙った。
「俺はさ、お前がどんなこと言っても信じてやっから」
さっきより更に潜めた声でボソリと呟かれる。
「へ?何訳分かんないこと言ってんだよ。そっちこそしょっぱい…」
「うるせぇ」
言ってる途中で昨日の一連の出来事を思い出した。
「……まぁ、頼りにしてる」
「おう」
きっと昨日の事は誰も信じないだろう。
でも、跡は俺の首に残ってるから、大宮は信じてくれるかもしれない。
この現実主義の男はそういう人間だから。
自転車はもう、学校前の坂道の前にいた。
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