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「そんな顔しないでくださいよ。俺が可哀相なやつみたいでしょ」
「あ、すまん…っ」
「先生達の間では有名な話なんですけど…ヒナ先生は新人だから聞かされてなかったんですね」
「あぁ…山科先生は何も言わなかったから…」
「あいつに聞いても無駄ですよ。多分聞いても言いませんから」
『あいつ』って…自分の担任だろ!!
それが表情に出たらしく、神楽が顔をしかめた。
「ヒナ先生、あいつ好きなんですか?」
「………はっ?」
思いもよらない言葉に俺は固まった。それでも質問には答える。
「好きって言う表現は違う気がするけど…憧れではあるな。授業も分かりやすいし、生徒からも人気あるし、あのルックスだろ?」
「ふーん…」
………あれ?何でちょっと不機嫌っぽいんだ?
これじゃあまるで……。
「…お前さぁ、何か今日おかしくないか?屋上の時もそうだけど…あのプリントのやつだって。今まであんなこと…一体どうしたんだよ?」
俺の言葉に、神楽が真剣な眼差しで俺を見つめる。
今日の授業が終わった時と同じ。俺を射抜くような、強い視線。
身体の芯からゾクッとする。
「な、なんだよ…?」
「今日だけだと思ってることがムカつきます」
「え…?」
「気付いてなかっただけですよ、先生が。俺はいつも先生を見てました」
速打つ脈動。少し恐怖や怯えに似た、身体のむず痒さ。
「か、神楽…?」
「今まで先生の授業だけ真面目に出てたのも、先生を見たかったからです。話したいのにタイミング掴めなくて、一人でやきもきしてましたよ。だから今日、まさかあんな所でいきなり二人きりになれるなんて思ってなかったんで、つい手出しちゃいましたけど」
「な、に言って…っ」
――やめろよ…それじゃあまるで本当に……っ!!
手に、急に感じた火傷しそうな程の熱。ビクッと俺の身体が揺れた。
俺を見つめたまま、神楽が俺の手を握っている。
久しぶりに感じる他人の体温。こんなにも熱かったかと思った。
「ヒナ先生…」
神楽が呟くように口にする俺の名前は、違うもののように熱を帯びている。
逸らしたいのに逸らせない瞳。塞ぎたいのに塞げない耳。
接着剤でも使ったように、微動だにしない手。
「―――俺、ずっと先生が好きなんです」
濁りのない視線と言葉。
真っ直ぐに向けられた感情を全身で感じる。
これは『嘘』じゃない―心がそう直感する。
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